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2PMテギョンの父の職業とは?ボストン移住の真相と家族の素顔

By Mia Lopez
2PMテギョンのパフォーマンス画像

韓国のボーイズグループ・2PMのメンバー、テギョン(옥택연)。そのパワフルなラップと俳優としての活躍で、長年にわたって多くのファンを魅了してきた存在だ。しかし、いまだ多くの人が気になっているのが「2PMテギョンの父の職業」という素朴な疑問である。アイドルとしての輝かしいキャリアの裏側に、父親の仕事が深く絡んでいるとしたら、俄然興味がわいてくるのではないだろうか。

テギョンの父親の職業は公務員だった

テギョンの父親の職業については、公務員だったという情報が出ている。韓国社会において公務員は安定した職業の代名詞として知られているが、その職種によっては海外赴任や長期出張が伴うケースも珍しくない。テギョンの家族がアメリカへ渡ることになったのも、まさに父親のこの仕事が直接の引き金となったと言われている。

父親がどの分野の公務員だったかまでは公式に発表されていないが、家族全員でアメリカに渡っていることから、ある程度長期的な赴任だったことがうかがえる。公務員の仕事で海外赴任になるケースとしては、外交関連や政府系機関の駐在などが考えられる。いずれにせよ、一家でボストンへ移住するという大きな決断の背景には、父親の職業上の事情があった。

13歳でボストンへ - 移住がテギョンの人生を変えた

ボストン近郊の住宅街

テギョンは1988年12月27日に韓国ソウル特別市江南区で生まれた。幼少期は釜山で過ごしていたそうだが、父親の仕事の都合でアメリカのマサチューセッツ州ボストン近郊にあるベッドフォードという小さな町に家族で移住することになる。思春期の入口とも言える時期に、全く異なる文化と言語の世界に放り込まれた経験は、並大抵のものではなかったはずだ。

テギョンは10歳の頃に両親と姉のジヒョンとともにマサチューセッツ州ベッドフォードに移住した。そこで7年間を過ごし、ベッドフォード高校でチェスクラブ、ジャズバンド、JVサッカーチーム、全米優等生協会などに積極的に参加した。帰国子女として培った英語力と多文化的な視野は、のちの芸能活動においても大きな財産になっていく。

実際、テギョンは英語、韓国語、日本語の3か国語を流暢に話す。この語学力の根底にあるのは、まさにボストンでの少年時代だ。父親の職業がもたらした「強制的な異文化体験」が、結果的に彼を多才なエンターテイナーへと育てたとも言えるだろう。

家族構成 - 父・母・姉との4人家族

テギョンの家族構成は、父親・母親・そして姉のジヒョンの4人家族である。芸能界では個人情報の保護が優先されるため、両親の詳細が公になることはほとんどない。それでも、断片的なインタビューやバラエティ番組を通じて、温かい家族の絆がうかがえるエピソードがいくつも伝わっている。

母親についても興味深いエピソードがある。クイズ番組で活躍したほどの知識人だったという話が複数の情報源から伝わっており、クイズ王という華麗な経歴を持つ母親の存在も、テギョンという人物を語る上で欠かせない要素だ。知的好奇心旺盛な家庭環境が、高校での優等生活動や多才な才能の下地を作ったのかもしれない。

姉がきっかけ - JYPオーディションへの道

JYPエンターテインメントのビル

テギョンが芸能界に入るきっかけを作ったのは、実は家族のひとり、姉のジヒョンだった。姉がインターネットを見ていたときにJYPエンターテインメントのオーディション情報を見つけ、テギョンを説得した。最初は気乗りしなかったテギョンだったが、17歳の誕生日にふたりでニューヨーク市へ向かい、オーディションを受けた。1週間後、最終35名に選ばれ、韓国でのさらなる審査に進む連絡を受けた。

当初テギョンはモデルとして応募したが、審査員がダンスと歌を試すよう勧めた。そこで新たな才能が開花し、アイドルへの道が開けていく。Mnetのアイドル養成番組「熱血男児」に参加し、2PMのメンバーとしてデビューが決まった。2PMは2008年9月4日、ミニアルバム「Hottest Time of the Day」で正式デビューを果たした。

このように、テギョンは父親の仕事を通じて海外生活を経験し、家族の支えによって芸能界入りを果たした。父の仕事がなければボストン移住もなく、姉との会話の中でオーディションの話も出なかったかもしれない。一見すると無関係に思える父の職業が、テギョンのキャリア全体を形作る遠因になっていたわけだ。

帰国後の歩み - アイドルから俳優、そして実業家へ

韓国に戻った後、テギョンはソウルのヨンドン高校に転入し、その後檀国大学で経営学を学んだ。語学力と経営の知識を兼ね備えたアーティストという側面は、グループの中でも際立っている。

옥택연(オク・テギョン)は韓国のラッパー、シンガー、ソングライター、俳優、そして起業家として活動している。単なるアイドルの枠にとどまらず、俳優業でも確かな実績を積み上げてきた。2010年には韓国ドラマ「シンデレラのお姉さん」で俳優デビューし、その後KBSドラマ「ドリームハイ」で主要キャラクターを演じた。

兵役についても、テギョンは韓国男性芸能人の中でも特に誠実な形で義務を果たしたことで知られる。テギョンは2017年9月4日に兵役に就いた。その後、テギョンはJYPエンターテインメントとの再契約を選ばず、51Kという事務所と契約を結んだ。この決断も、独立志向の強さとビジネスセンスの現れと見ることができる。

両親への深い信頼 - 今もお小遣い制というリアル

テギョンのインタビューシーン

テギョンの家族に対する信頼の深さを象徴するエピソードがある。2PMのアイドル兼俳優であるテギョンは、両親が今も自分の収入を管理していることを明かした。雑誌Star1のインタビューで、この33歳のセレブリティは両親が財務管理を手伝っていると語った。

「両親が私の財産を管理・運用しています」とテギョンはStar1に語り、Soompiが翻訳したところによると、「韓国の数え年で35歳になりますが、今もお小遣いをもらっています」と続けた。多くのファンがこの発言に驚きつつも、親子の絆の深さに感動を覚えたというエピソードだ。

公務員として堅実に家族を支えた父親の存在、知性あふれる母親、そしてテギョンの才能を最初に信じた姉。この3人の家族がいなければ、今日の「2PMテギョン」は存在しなかったと言っても過言ではない。

テギョンが語る家族への思い

バラエティ番組への出演を通じて、テギョンは家族に対する感謝を折に触れて口にしてきた。特に父親の仕事の都合によるボストン移住という経験を振り返り、家族の絆があったからこそ乗り越えられたと語っている。異国での生活において、家族という小さなコミュニティが唯一の安心の場であり続けたことは想像に難くない。

帰国子女という経験は、時に「どちらのアイデンティティも中途半端」という葛藤を生む。しかしテギョンの場合、その経験を強みに変えた。英語力を活かした国際的なイメージ、韓国語と日本語での丁寧なファンとのコミュニケーション。これらはすべて、父の仕事がきっかけで始まったボストン生活の産物だ。

2PMテギョン父の職業まとめ - 公務員という仕事が生んだスター

2PMテギョンの父の職業は公務員とされており、その海外赴任がきっかけで一家はアメリカへ移住した。ボストン近郊での7年間の生活がテギョンの語学力、広い視野、そしてオーディションへの偶然の縁を生み出した。父親の職業が公務員だったことは、テギョンのアメリカへの家族での移住に深く関わっており、彼の人生における大きな転機となった。

父・母・姉から成る4人家族の絆は、デビューから現在に至るまで一貫してテギョンの支えとなっている。財産の管理を今も両親に委ねているという事実が示すように、彼にとって家族は単なる「ルーツ」ではなく、今も現役のパートナーだ。2PMのメンバーとして、俳優として、そして実業家として多方面で活躍するテギョンの原点には、公務員の父が家族を連れて渡った大西洋の向こう側の経験がある。その事実を知ると、ステージ上のテギョンがまた違って見えてくるはずだ。